人の「からだ」って放射線みたいな感じ。
それぞれの人から、粒の様な玉の様なもの(黄金の光)が湧き出ていて、それを(湧き出ている黄金の光を)他の人達とやり取りしている。
しかし、やり取り(光の交換)は自然に起こっており(自動的に自ずと発生しているものであり)、意欲(Human Will)によって起こされている訳ではありません。
それぞれの人が全員とつながっており、意欲によって可能なのは、それを(交換が常に起こっていると言うことを)認識することなのです。
だからあなたは「自分が彼を癒した」とは言えない。
父が彼を癒したのです。
あなたはそれを見た(父の技を証言した)のです
あなたがそれ(父のヴィジョン)を見たのに、癒しがまだ体現されていないようならば、
その時、また祈りなさい。
And the world will change.
And know that your identity is not of the body.
すると世界が変わり、
そして「自分を作っているものは体(物質/物体/固いもの)ではない」とあなたは知るのです。
<何の必要があって祈らなければならないのですか? 何のために祈るのですか?>
天国が見えるように(神の意図の表明が現れるように)です。
<“人の意欲”は「認識すること」のみに置かれるべきというなら、神と子の両者における喜びはどう連動しているのでしょうか? 人の喜びは何でしょうか?>
神と自分が離れてはいないと知ることが人の喜びです。
It is your father’s good pleasure to give you the kingdom of heaven. And the kingdom of heaven is with in you.
父の喜びはあなたに天国を与えることです。そして天国はあなたの中に在るのです。
<また、どのように祈るのでしょうか?言葉に出すならどのような文言になるのでしょか>
「あなた(神)の意思がなされますように。」
「私の現在の認識が状況を決定し続けるのではなく、あなたの意図が反映されますように。」
喜べない状況や不正な状況が見られている時、そこに神の認識を呼び入れなさい。
上記が多くの人達を怒らせて(困惑させて)しまっていることです。
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