4/14/2013

Sarah:
父の意見が何かあるなら聞かせてくださいね。ありがとう


Hiro:

神が居るので、あなたが生きており、

あなたが生きているので、全ての人々が生きています。

全ての人々は「ひとつのもの」としてあなたと一緒に永遠に生きています。

復活とは「あなたが決して死ななかった、故に誰も一度も死んでなどいない」という気付きです。
 

Sarah:
『復活』とは「気づき」
「気づく」と、「死体にならない」とは異なるのでしょうか?『復活』とは答え/真理そのものというより、真理を知るきっかけになる言葉ですか?ジーザスの復活(と人に言われてきた/定義されている/認識されているこれ)は真理のまっすぐな体現ですか?それとも示唆/デモンストレーションですか?
神の子はジーザスを、少なくとも身体を持っている神聖な人間として彼を超えられますか?


Hiro:
不死身(永遠)のあなたが既に存在しているので、

それに気付けばよいだけなのです。

 
Sarah:
サラはアホなことをつらつら書いて質問したみたいです。
気づけばよいだけだったのなら。
サラはこれにて退散!

 
Hiro:

「気付けばよいだけ」

これが一番重要で、誤解されている部分です。

 
Sarah:
偉大なパパとスゴいヒロのお二人さん、アホなサラも少しばかり思いあたるふしがあります。
あなたがたがおっしゃったのは、あの本で聞き覚えのある「神の子が求められている少しばかりの意欲」とかいうことを指しておられるような気がしました

重要なことはわかりました。そして誤解されていると言われたのはどういうことか、もう少し話してくださればわたしは助かります。
わたしたちは(『復活』を)どのように誤解してきたのでしょうか?

Hiro:
それ(復活)は外に見えることではなく、気付きなのです。

それは体の目に見えていることではなく、あなたの中に見つかる生きている炎なのです。
 

Sarah:
なぜわたしたちに見える目と話す口と聞こえる耳をあなたは与えてきたのですか?
わたしたちが勝手に自分に与えたのですか?あなたの意思をねじまげてまで。
燃える柴から話したという「あなた」に向かって、ちょっと言い返してみたくなりました。
そんな跳ねっ返りなことして無駄口たたいているより、コースを最初から読めば?(みんな書いてある)ときっと笑われるでしょうが

 
Hiro:
神は見える目と話す口をあなた達に与えました。良きもの(創造)が体験/体現出来るように。

神の子が「それ以外のもの(良き創造以下のもの)」を見ようとした。

神の居ない創造を試してみたかったから。 

それはリアルには為されなかった。

しかし神の子は偽の記憶(知覚の歪み)に囚われてしまった。
 

Sarah:

あなたがたは今たいへん革新的で、かつもっともコアなことをおっしゃってくださいました。
他の人はどうあれ、サラにはとてつもない真実をくださいました
少し生意気な口をたたくのを許してください。
ヒロ、この文章はたくさんのコースを知らないわたしたちにもとても理解できる素晴らしい文章です。

 
Hiro:

 
今日もSarahのおかげで沢山書けました。 ありがとう。

「自分は既に知っているから、いまさら読まなくても良い、書かなくて良い」とHiroはよく言うのですが。

彼は(彼がまだわかっていないことではなく)彼が既に知っていることを書いて、体現するべきなのです。それが彼の役割なのだから。

未だわかっていないことが体験されるのは、それからなのです。

  

何故モーゼに燃える柴が見えたのか? それは燃える炎(自由な意識)がモーゼの中に在ったからです。

自由な意識が彼に話し掛け、奴隷を鎖(縛られた意識)から解き放ったのです。

そしてモーゼが自由に成ったから、(モーゼの兄弟姉妹である)エジプトの奴隷も自由に成ることが出来たのです。
 

 
不死鳥(フィニックス)は火の鳥とも呼ばれています。

この鳥は定期的に自身を炎の中に投げ込んで新しく成るのです。

 
あなた達の中には永遠の炎が在って、それが全てを新しくするのです。

しかしこの炎はあなた一人の中(限定された意識の中)では乏しく消えてしまうのです。

だから拡張(差し伸ばし)が必要なのです。

「聖霊が正しい知覚/認識を拡張すること」をあなたの裁き(思考/知覚)で邪魔してしまわないように、あなたが静かに成ることが必要なのです。

 
 
Sarah:

 
また乏しく消えてしまわない方法”―、方法というのもおかしいけれど、その炎を絶やさないためにどうしなさいとあなたはわたしたちに教えているのですか?

 
Hiro:

「炎を絶やさない方法が赦しである」と考えてください。

「炎を消してしまってるもの」が「罪、分離的思考と振舞い」です。

 
Sarah:

「赦し」という言葉以外をあなたはお使いになれますか?

 
Hiro:

赦しは「知覚/認識の置き換え」で、これは聖霊の技です。

赦しの結果が分離の解除です。

 
赦しによって「分離的な知覚」が「包括的な知覚」で取り替えられるのです。

その結果として「分離的状況」が解除されます。

赦しによって「分離的な世界の体験」が「ひとつのもの」で取り替えられるのです。

その結果として「病/死/葛藤の状況」が解除されます。

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